おはようございます、ノ・ジェスです。
令和哲学カフェ6期は
「大和魂から希望の花が咲く令和魂へ
生きることと見つけたり!
明治維新~令和154年間を解き明かす!」
という新テーマで
21世紀侍の5人と共に
日本の近代歴史を紐解きながら
お届けしています。
新シリーズでは、5人の侍が15年単位で
明治維新からの154年間を紐解きます。
3月17日までは
明治維新から1945年8月15日までの
集団武士道の男性性の77年間、
その後5月5日まで
1945年以降の女性性武士道の
77年を取り上げていきます。
火曜日は塩見典子さんの担当で
男性性武士道の
1883年から1897年を深めます。
今回は日清戦争(1894-1895)
を取り上げました。
日清戦争を知るには
まず当時のロシアの状況を
知る必要があります。
ロシアは凍らない港が欲しい意図から
南下政策を遂行しており、
日本が安全を守るために
絶対にとられてはいけない地域が朝鮮でした。
当時、朝鮮の支配権は清が持っていました。
しかし、アヘン戦争や北京条約により
欧米列強に太刀打ちできない状況にある清が
朝鮮の支配権をもっているのは、
日本からみると望ましくありません。
朝鮮内でも親日派と親清派に分かれる中、
朝鮮では甲午農民戦争が勃発。
それを機に日清両軍が出兵し、
日清戦争が始まりました。
結果、日本は圧勝し、その後下関条約で
以下のような調印内容が結ばれました。
1:朝鮮の独立を認める
2:遼東半島、台湾、澎湖諸島を
日本の領土に
3:台湾総督府を置き日本の植民地に
4:賠償金2億両(テール)を日本に支払う
※当時の日本円で約3億円。現在の約36兆円
しかしその後、ロシア・フランス・ドイツからの
三国干渉により日本は
遼東半島を返還するという展開を迎えます。
日清戦争では
大国の清が勝利すると思われていた中で
日本が圧勝できたのは何故でしょうか。
当時、日本はオールゼロ化して
近代化のために人材を育成し、
とことん訓練もしている状態でした。
一方、中国は軍隊を近代化させることが
うまくいかなかったことが
圧倒的な違いとなり
日本は勝利をおさめました。
その後の下関条約により、日本は
国家予算4年分の賞金を獲得したことも
戦争能力をさらに伸ばすきっかけとなります。
日本には運勢があり、
時代の流れや様々な条件が
日本を応援するようになっていました。
それは今の時代も同じであり、
文明の大転換の時なので、
本気で共同体を進化させる集団として、
アメリカや中国が覇権をとろうとする時に
日本はさらに次元の違う
勝負をしなければなりません。
明治維新以降の近代の歴史から
日本のポテンシャルエネルギーを
しっかり感じ取り、
明治維新の完成バージョン、
令和維新を起こしていきましょう。
現在、令和哲学カフェは
令和哲学チャンネルにて
アーカイブが1週間視聴可能になります。
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