おはようございます、ノ・ジェスです。
令和哲学カフェ8期では
人間尊厳危機、AI時代、自分の考えで考えたい
核個人時代を生きる心人間の「精神とは」
を中心テーマとして、5人のSAMURAIと
共に考えていきます。
木曜日の侍は一龍飛さんで、
木曜日は「陽明学を深堀する」
をテーマに深めています。
今回は、「なぜ韓国は朱子学、
日本は陽明学が主流になったのか?」
についてプレゼンテーションがありました。
朱子学は農業の考え方が中心にあります。
農業は自然の秩序に依存することで
成り立っています。
陽明学はビジネス、商売を中心としています。
個人の主観、一人一人の主観で
売るか売らないかを決定します。
ですから、陽明学は侍の心、
刀と刀の出会いを鍛錬する学問ともいえます。
陽明学は脳を越えないとできない世界なので、
自分の考え、感情が統制できる状態で
純度100%の心に行くことができます。
静かな山の中で勉強するイメージで、
概念を通して勉強する世界が
朱子学であるならば、
陽明学はあえて
全然知らない人に声をかけて
自分の心が惑わされないこと、
日常生活の中で考え、
感情を完全に統制できることを通して
学んでいきます。
朝鮮では巨大な中国という
大国との関係性があったため、
宇宙自然の中で従うしかない構造になり、
朱子学の伝統にいきました。
日本は船民族でもあり、
人間が団結することで自然を超え、
チームプレーや忠義に行く
陽明学が発達したのです。
結果的に、西洋の近代文明を
主体性、能動性をもって超えることに
成功しました。
では、この朱子学と陽明学の限界を
突破するにはどうしたらよいのでしょうか?
そのためには、有と無に対する
ディファインを鮮明にすることです。
複雑がシンプルになり、
心とエネルギーと物質の関係を
今ここでみることができる
完全言語、デジタル言語を使うことを通し、
完全認識・完全行動となります。
そして世界を変革できる勝算visionを
明確に持つことで未来確信がうまれ、
観点の問題、個人の実存の問題、
認識疾患の問題を
集団で突破することができます。
人間がなぜ愛、平和にならなかったのか、
その脳の限界を明確に認識して
超えることができるのです。
デジタル言語を使うことで、
国家、民族、宗教を超えて
日本からオープン国家モデルで
世界をリードしていきましょう。
現在、令和哲学カフェは
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