【20201114】『鬼滅の刃』を令和哲学で100倍楽しく意味深く鑑賞する 令和哲学カフェNo.118

おはようございます。ノ・ジェスです。

一昨日は第118回令和哲学カフェ
「鬼滅の刃と令和哲学」1日目でした。
毎回多くの方にご参加いただき
ありがとうございます。

今回のシリーズから、
初めて日本のアニメを解析していきますが、
『鬼滅の刃』には
どんな哲学が隠れているのでしょうか。

日本が心の国になれば世界が心の国になると
25年間JAPAN MISSIONを語ってきた
私からみると、この映画のブームは
日本が物質文明を終わりにさせて
心の時代を開き、
世界を大統合していくためのプレゼントであり、
全世界に心を教える
「歴史最高の学習教材の誕生」です。
日本は全世界に教育者を輸出して
教育で世界をまとめていくのです。
完全死を意味する切腹文化を持った侍、
明治維新をおこしたエネルギーを持つ
日本文明ですから、
魂が「こんなはずじゃない!」
と叫んでいるのです。
その心が
鬼滅の刃をみて反応するのだと思います。

今の時代は、
脳の支配を受けて機械のように
条件反射的に同じことを繰り返す、
夢の中の生き方では心がもう満足できません。
新鮮な感覚が来ないので
若者たちはつまらないのです。
今までにない
ショックと新しいシステムが必要です。
明確な意思決定構造を持ち、
人類が夢から目覚める時です。
未来は待つものではなく、
予測するものでもなく、創るものです。
心時代の教育と細胞システムで、
3年で世界を変えていきましょう!
令和プレイヤーJAPAN!

次回の令和哲学カフェは
11/16(月)21時からです。どうぞお楽しみに。

カテゴリー: 未分類 | 【20201114】『鬼滅の刃』を令和哲学で100倍楽しく意味深く鑑賞する 令和哲学カフェNo.118 はコメントを受け付けていません

【20201113】ウィトゲンシュタインと令和哲学 令和哲学カフェNo.117

おはようございます。ノ・ジェスです。

一昨日は第117回令和哲学カフェ
「ウィトゲンシュタインと令和哲学」5日目
が開催されました。
毎回多くの方にご参加いただき
ありがとうございます。

今回はウィトゲンシュタインと令和哲学の
まとめと質問道場を行いました。

ウィトゲンシュタインは、
真理の基準点を客観から主観に移動させた
カントと並び、
哲学のパラダイムを大きく変えた人物です。
哲学の問題は思惟が問題なのではなく、
思考を表現する言語のあいまいな使用法式に
問題があるとしました。
思考可能なものは言語で表現できますが、
思考不可能なものは
言語の器に入れることはできないので、
この2つの境界線を明白にすることが
哲学のエキスだと言いました。
ウィトゲンシュタインの前期の哲学では
世界と言語の関係は1:1の対称性である
と考えていたのを、後期では
「どんな人が、どんな状況で、どう使うのか」
によって言語の意味、価値、本質が
規定されると改めました。
日常言語が哲学になったのです。
人間理解という点では、言語の使い方、
表現を理解することだと述べました。

しかし、令和哲学で言えば、
人間は見える領域も、考える領域も、
言語で表現できる領域も、
傾聴できる領域もバラバラなので
コミュニケーションがずれていくことは
避けられません。
「理解の限界は言語の限界」
と表現できるほど、言語を使うことが
どれだけ大変なことなのかがわかります。
言語の限界に対してウィトゲンシュタインは、
言語の問題を学問が知った時、
学問が挫折するだろう、
その時新しい認識形式が必要となるだろう
と言いました。

令和哲学は思考可能な世界と
不可能な世界との関係性を明らかにし、
言語の問題を解決する新しい認識形式と
新しい言語を開発しています。

カテゴリー: 未分類 | 【20201113】ウィトゲンシュタインと令和哲学 令和哲学カフェNo.117 はコメントを受け付けていません

【20201111】人から悩み相談を受けても解決が難しい理由とは 令和哲学カフェNo.116

おはようございます。ノ・ジェスです。

昨日は第116回令和哲学カフェ
「ウィトゲンシュタインと令和哲学」4日目
が開催されました。
毎回多くの方にご参加いただき
ありがとうございます。

今回のWHTのテーマは
「人から悩み相談を受けても
解決が難しい理由とは」
でした。

悩みの相談者と相談を受ける側で
ズレがおきてしまう問題には、
みえる世界と言葉で話す世界では次元が違う
ということが大きく関係しています。
言葉で話すこと、聞くこと、言葉を受け取ること
の間には大きなクレバスがあるのです。
だから、コミュニケーションすればするほど
誤解が起きてしまいます。
そのため、
語りえないことについては沈黙しろ
とウィトゲンシュタインは言っているのです。

そして、何よりも、
悩みの根本原因に無知であること
をわかる必要があります。
悩みを解決したいと思っても、
基本的にすべての答えを
明確にわかっている状態でなければ
悩みを解決することは難しいのです。
人間とは何なのか、どう生きればいいのか、
なぜ生きるのか、どう生きるのか。
それがわかったときに
時間・空間・存在が消え、
すべてがオールクリアになります。
心を常にそこに置いて出発することで、
今ここの価値が明確にわかります。

ビン鳥※の中と外を自由に往来できる、
源泉的動きそのものにならなければ、
生き方にも共通土台がないので、
コミュニケーションはずれていく一方です。
これからの時代は、1間点でものごとをみる
完全観察システムを使うことで
コミュニケーションの課題を
解決する必要があります。

※用語集はこちら。
https://reiwaphilosophy.com/community/knowledge-base/words/

次回の令和哲学カフェは
11/11(水)21時からです。お楽しみに。

カテゴリー: 未分類 | 【20201111】人から悩み相談を受けても解決が難しい理由とは 令和哲学カフェNo.116 はコメントを受け付けていません

【20201110】信じると疑う、どちらが智恵ある生き方か 令和哲学カフェNo.115

おはようございます。ノ・ジェスです。

昨日は第115回令和哲学カフェ
「ウィトゲンシュタインと令和哲学」3日目
が開催されました。
毎回多くの方にご参加いただき
ありがとうございます。

今回のWHTのテーマは
「疑って生きること、信じて生きること、
どちらが智恵ある生き方なのか」でした。

実は、両者は
100円玉の表と裏のような関係です。
疑うことなしで信じることは成り立たず、
また、信じることがなくては
疑うことは成り立ちません。

令和哲学で疑うことと信じることを
イコールで結ぶとしたら、
こんな論理になります。

全てを疑うということは、
時間も空間も存在もないということであり、
全てを否定するAll Noの世界です。
そうであるならば、男も女もないはずですが、
男も女もあるようにみえます。
時間も空間もあるようにみえます。

全部を否定した時に
すごすぎる、何でも無限にできる世界がある
とわかります。
生まれることも死ぬこともないのに、
生まれることも死ぬこともできてしまう
無限の可能性そのものの世界と出会います。
疑いながら
ガンガン楽しく生きるようにさせるのが
哲学の用途、仕事でもあります。
疑うことから出発するのが哲学であり、
だからこそ
哲学者は智恵を得る確信があるのです。

目でみて生きることは疑いだらけ、
不安だらけで大変です。
事実(fact)にも、力はありません。
人は自分の信じたいように信じ、
思いたいように思うからです。
不動心でアートなライフスタイルで生きるには
哲学が絶対必要です。
今まで、みえる世界は
科学が徹底的に開拓してきましたが、
これからは科学が入れない世界を
哲学が突破していきます。
もっと可能性ある世界を拓いていくためにも
学問革命、教育革命が必要です。

次回の令和哲学カフェは
11/10(火)21時からです。お楽しみに。

カテゴリー: 未分類 | 【20201110】信じると疑う、どちらが智恵ある生き方か 令和哲学カフェNo.115 はコメントを受け付けていません

【20201110】この時代に必要な価値ある情報とは? 令和哲学カフェ特別企画 知のB1

おはようございます。ノ・ジェスです。

一昨日は令和哲学カフェ特別企画として
好評企画・ブックダービー“知のB1”
2回目を開催しました。
情報・技術・知識・姿勢態度を
「馬」としたときに、
どんな馬に乗るのかによって
人生は大きく変わります。
本当に必要で価値ある情報とは何なのか。
どの馬が一番この時代に必要な本なのかを競う
全く新しい知的エンターテインメントゲームです。

今回のブックダービーも非常に接戦でしたが、
ブレイディみかこさんの
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』
を1位とさせていただきました。

あらためて、この時代の課題とは何でしょうか。
少子高齢化が進み、
未来に対して希望を感じることができず、
今までの文明を牽引してきた科学技術も
コロナウイルスの登場で無気力になっています。
今回の1位の作品の中で
「シンパシーではなくエンパシー」
という言葉が出てきます。
私はこの「エンパシー」が
大事なキーワードであると思いました。
人間の悲惨・残酷・屈辱を理解できること、
そして、
この作品でも皮膚の色の違いという
中心テーマで扱われていますが、
「違いの問題」をどう解決するのか
という課題は、
この時代にとって重要なテーマです。

また、私は25年間
ジャパンミッションを語ってきましたので、
日本がやってきたことの価値が
評価されないことへの悲しみを感じています。
帝国主義については批判され
問題もあるかと思いますが、
日本は意思決定構造をもち、
自分たちで力をつけて近代化することで、
アジアの尊厳を代表し
十分に頑張ってきました。
そんな日本に対する理解とエンパシーが
この時代には必要だと感じています。

カテゴリー: 未分類 | 【20201110】この時代に必要な価値ある情報とは? 令和哲学カフェ特別企画 知のB1 はコメントを受け付けていません

【20201107】言語の限界をどう超えていくのか 令和哲学カフェNo.114

おはようございます。ノ・ジェスです。

昨日は第114回令和哲学カフェ
「ウィトゲンシュタインと令和哲学」2日目
が開催されました。
毎回多くの方にご参加いただき
ありがとうございます。

ウィトゲンシュタインは言語の限界を語り、
哲学の終焉とまで言い切った哲学者です。

その言語の限界とは、どういうものでしょうか。

例えば、「雨が降る」といいますが、
降らない雨はあるのでしょうか。
よく観察すると、
このように表現がおかしいことがあります。

「道可道 非常道
名可名 非常名」
タオ(道)を
「タオ(道)」と名前をつけてしまったら、
常に変わることのない
タオ(道)ではなくなってしまう。
名前をつけて言語化することが
どれだけ限界なのかについて、
老子道徳経では言っています。

WHT※参加者の5人が、
誤解やすれ違いのエピソードを
話してくれました。
このような言語の限界は
皆さんも経験したことがあると思います。
今回は「言語の限界をどう超えていくのか」
をテーマに、集団コミュニケーションワーク
WHTにチャレンジし、
それぞれの意見をストーリー立てて
一つに融合させていきました。
参加者の皆さんのストーリーは以下です。

1、相手を理解する心があれば
2、諦めないで伝えようとし
3、伝わらないから、
思い込みをすぐに手放す鍛錬をする
4、そうすると、究極にたどり着く
5、そして、伝わらない言語を
ゲーム感覚で楽しむようになる

私が作ったストーリーは以下でした。

1、究極の人間そのものにまでなったら
2、ビン鳥※の中外をいったりきたりして、
ゲーム感覚を楽しめる
3、楽しめるから諦めないし
4、相手と交流して
すぐ思い込みを手放すこともできる
5、その中で相手の一番共感できる言語から
相手に伝わっていく

とても楽しそうに5人が話して下さったので、
私も説得されてしまうくらい
大変に和やかな会になりました。

ウィトゲンシュタインは、
哲学自体は言語で語れない世界なので
新しい認識形式が必要だと解析していました。
これからは言語の限界、学問の限界を超えた
完全学問が必要な時代です。

次回の令和哲学カフェは
11/9(月)21時からです。
次回もWHTがあります。お楽しみに。

※用語集はこちら。
https://reiwaphilosophy.com/community/knowledge-base/words/

カテゴリー: 未分類 | 【20201107】言語の限界をどう超えていくのか 令和哲学カフェNo.114 はコメントを受け付けていません

【20201106】ウィトゲンシュタインと令和哲学 令和哲学カフェNo.113

おはようございます。ノ・ジェスです。

一昨日は第113回令和哲学カフェ
「ウィトゲンシュタインと令和哲学」1日目
が開催されました。
毎回多くの方にご参加いただき
ありがとうございます。

ウィトゲンシュタインは、
人間を理解するためには
言語の使用形式が非常に重要だと述べ、
言語によって
哲学のパラダイム転換を
起こしました。また、
哲学の終焉を宣言した哲学者でもあります。
哲学の問題は思考表現にあると規定し、
「話すことができないことには沈黙しろ」
と言いました。
令和哲学の観点からみたら、
ウィトゲンシュタインのこういった発言からも、
完全認識に到達した哲学者である
と解説することができます。

哲学を追求し、哲学の問題を指摘した
ウィトゲンシュタインですが、
要素命題の発見に失敗したことが
彼の後期哲学の中で明らかになっています。
言い換えれば、全ての事実を微分し、
主語と述語に分けたとき、
究極に分けることができない主語・述語
をディファインできなかったということです。

このように、源泉的動き「1」を
ディファインすることができなかったのが
今までの哲学の限界です。
令和哲学では、この「1」を規定したところから、
出発しています。
本来の自分を
ビン鳥※の外に置いておくことで、
ビン鳥の中を楽しむことができます。
そうすることで、今までとは全く違う
言語の使い方、新しいライフスタイルを
楽しむことが可能なのです。

→※用語集はこちら
https://reiwaphilosophy.com/community/knowledge-base/words/

次回の令和哲学カフェは
11/6(金)21時からです。お楽しみに。

カテゴリー: 未分類 | 【20201106】ウィトゲンシュタインと令和哲学 令和哲学カフェNo.113 はコメントを受け付けていません