【20210905】ルソーの理想国家を超える理想時代・理想文明のつくり方 令和哲学カフェNo.309

おはようございます。ノ・ジェスです。

令和哲学カフェ第3期の第8弾
(8/30-9/10)は
「尊厳開花は日本から 
心・体・時代の涙を癒す医療のカギ」
をテーマに、山口温子さんが
ナビゲーターとして開催しています。

このシリーズでは
ジャン・ジャック・ルソーを取り入れています。
彼の思想は、王の奴隷から
一人一人全人類が自由市民として
生きようとすることに大変大きな貢献をした
フランス市民革命の土台になる哲学です。

人間は一分一秒も誰とも
同じ画面を共有できないため
秩序をつくれません。
そのため、秩序をつくるために、
昔は王様の権力を中心に
暴力で秩序をつくった
全体主義の時代がありました。

そこから、1700年頃、
ルソーの啓蒙教育を土台に
フランス人権宣言があり、
全世界が個人主義へと変わっていきました。
しかし、実は、ルソーが目指した理想国家は、
ひとつもつくられていません。
ルソーは個人の利益のための
個別意志ではなく
一人一人が、共同体の利益を優先する
意志を持った人たちによる
共和国を理想国家としました。

そこで今回は
「自分の利益より共同体の利益を
実現することはどのように可能なのか」
というテーマを
出演者で、ディスカッションしました。
ディスカッションでは、ルソーが聞いたら
泣くのではないかと思う
ストーリーが出来上がりました。

絶対平等をつくることは、
人間の脳では不可能です。
脳を完璧に超えたときに絶対平等なのです。
そこからスタートが出来ると、
違いの絶対単位がわかるので
究極のスタート、プロセス、
ゴールがわかります。

×から〇の変化ではなく、
今ここ満たされた状態で、
〇から◎の変化をゲーム感覚で楽しみます。
ですから、学べば学ぶほど楽しくて仕方ない、
そうなると、どんどんアイデアが溢れます。
一人一人が、アイデアもやる気も溢れて
生産手段を持ちます。
出発が個人ではなく、
共同体のプロセスが入ったら
さらに良かったですが、
本当に素晴らしいディスカッションでした。

今の時代は、
理想国家をつくる時代ではなく、
理想時代、理想文明をつくる
ルソーを超える強烈な技術と
強烈な実践行動力が必要な時代です。

令和哲学カフェの放映時間帯は
眠くなる時間ですが、
未来勢力となる私たちは皆で粘っています。

令和哲学カフェでは歴史の1ページとして
zoomで参加された皆さまと
写真を毎回一緒に撮っています。
多くの皆様のご参加をお待ちしております!

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【20210904】不平等はどのように克服できるのか 令和哲学カフェNo.308

おはようございます。ノ・ジェスです。

令和哲学カフェ第3期の第8弾
(8/30-9/10)は
「尊厳開花は日本から 
心・体・時代の涙を癒す医療のカギ」
をテーマに、山口温子さんを
ナビゲーターとして開催しています。

一昨日は「英雄産業」のテーマで、
山口さんによる、フランス人権宣言と
それまでの時代背景についての
プレゼンテーションが行われました。

ルソーの教育思想の結論として、
今まで取り上げてきたように
「不平等」が挙げられます。
そして「社会契約論」では、
社会の契約が大事だと主張しました。
それでは、不平等を解決するために、
私たちにはどんな約束が必要なのでしょうか。

ルソーは「自然に戻れ」
という言葉で表現しました。
自然に戻ることはどういうことなのでしょうか。
それは、自分が理由になること、
言い換えれば、カントの言う
自分の「定言命法」をもつことです。
個人の憲法が全体の憲法を破壊しない、
そんな国をつくれ、ということです。

そうなるためには教育革命が必要です。
国づくりにとどまらず、
日本がモデルになることで
時代をつくることです。
明治維新では国をつくりましたが、
明治維新を超えるためには
時代をつくらないといけません。

とはいえ、
ひとつの国をつくるのも難しいのだから、
時代と文明をつくるためには
強烈なコンテンツが必要です。
令和哲学では、
今まで誰もが知りえなかった宇宙の根源を
歴史初でDefineすることに成功しました。
私たちも、21世紀のルソーのような
人材を量産することを通して、
新しい時代をつくることに
チャレンジしていきたいと思っています。

令和哲学カフェでは歴史の1ページとして
zoomで参加された皆さまと
写真を毎回一緒に撮っています。
多くの皆様のご参加をお待ちしております!

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【20210903】不平等はどうやって生まれるか 令和哲学カフェNo.307

おはようございます。ノ・ジェスです。

令和哲学カフェ第3期の第8弾
(8/30-9/10)は
「尊厳開花は日本から 
心・体・時代の涙を癒す医療のカギ」
をテーマに、山口温子さんを
ナビゲーターとして開催しています。

昨日は「英雄産業」のテーマで、
山口さんによるプレゼンテーションがあり、
今までの、暴力や財力に
支配されている産業の話や、
COVID-19によって
物質文明の終焉が加速され、
心の不安が止まらない人間の現在地は
令和哲学のビンの中の鳥※のようだ
という話がありました。

ビンの中で飛べなくなっている鳥は、
全人類、今の時代の現在地でもあります。

カントもヘーゲルも
一番尊敬する哲学者は
ルソーの名を挙げています。
フランス市民革命は
王の暴力の時代を財力の時代に移動させる
歴史的大事件でした。
そこに大きな影響を与えたのがルソーです。
彼の著書に「不平等」が出てきますが、
羞恥心や軽蔑など色々な感情ともつながる
不平等はどうやって生まれたのでしょうか。

ルソーの考え方では、自然が絶対平等であり、
自然とは知的所有の概念が生まれる前の、
人工的な不平等の秩序がなかった
大昔の時代を指してもいると思います。

令和哲学では、体があると思っている状態で
みたり聴いたりすれば脳に負けている状態、
認識疾患です。
認識疾患によって
不平等が始まったと言えます。

認識疾患から生まれた言語は、
使える道具ではなく、
言語が生み出す存在自体も
不平等になってしまいます。
そんな中でエゴである自己愛が強くなり、
個人の知的所有が強化されて
共有、共感が難しくなっているのです。

格差のない絶対平等の源泉動きから、
目がないままでみること、
耳がないままきくことです。
口が話すのではなく、源泉動きからの
デジタルの動きが話すのです。
脳で生きるのか、心で生きるのか、
デジタルマインドで生きることが
心で生きることです。

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【20210902】教育とは何か 令和哲学カフェNo.306

おはようございます。ノ・ジェスです。

令和哲学カフェ第3期の第8弾
(8/30-9/10)が始まりました。
今回は「尊厳開花は日本から 
心・体・時代の涙を癒す医療のカギ」
をテーマに、山口温子さんを
ナビゲーターとして開催していきます。

昨日は、
現代医療についてのプレゼンテーションや
現役医師として出演されている
原田さんが現場で感じてきた
医療の限界を話してくださいました。

また、「教育とは何なのか」
を出演者でディスカッションしました。
ルソーはどんな教育を要求したのでしょうか。
ルソーは機械をつくるのではなく
人間をつくれ、と主張しました。
この啓蒙主義を使って
教育ブームを起こそうとしました。

このように形だけをみたら、
令和哲学と似ているようですが、
令和哲学は考えの走る道、
1・間・点で整理する技術です。
そして、人間を
本物の人間らしくする教育です。

人間の脳はショックの強さではなく、
何回ショックを受けるのか
その頻度が重要なのです。
ですから、今ここ勝負するものがあることが
脳が一番好きなことであり、
それを使って日本から全世界に
教育ブームを起こそうとしています。

今、私たちは凄い時代に住んでいます。
オフラインでの生活が不可能になり、
オンライン上ですべて
成り立つようになってきています。
早いスピードで仕事場がなくなり、
コロナ変異もどんどんおきています。
自分の未来に対する
不安、孤独も生まれやすいです。

このような体のコロナ、経済のコロナ、
心のコロナを同時に統制する
認識技術によって、尊厳溢れる世界を
広げていきたいと思っています。

令和哲学カフェでは歴史の1ページとして
zoomで参加された皆さまと
写真を毎回一緒に撮っています。
多くの皆様のご参加をお待ちしております!

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【20210901】ルソーの「自由に帰れ」の意味とは 令和哲学カフェNo.305

おはようございます。ノ・ジェスです。

令和哲学カフェ第3期の第8弾(
8/30-9/10)が始まりました。
今回は「尊厳開花は日本から 
心・体・時代の涙を癒す医療のカギ」
をテーマに、山口温子さんを
ナビゲーターとして開催していきます。

山口さんは、
幼少期に出会った身近な人の死の体験から
人の役に立ちたい、
後悔しない生き方を全うしてほしい
という思いを持って看護師になりましたが
西洋医療の限界を感じ、生死とは何か、
人間とは何かという問いと出会い
本当の医療を探し求めた先に
令和哲学との究極の出会いを果たしました。

現在はハートジェネラリストとして、
若い世代を中心に
誰も傷つくことのない、
今ここ尊厳と健康で溢れる時代を
構築するべく活動しています。

その山口さんが
今回テーマとして取り上げた人物は
ジャン・ジャック・ルソー(1712-1778年)です。
王の奴隷から人間一人一人を自由解放させる
フランス革命という大事件を起こす
きっかけとなった啓蒙思想の
基盤を築いたといわれる人物です。

17世紀のフランスでは、
王様や貴族と民衆たちの暮らしに
絶対的な格差があるのが
当たり前だったところから、ルソーは
「自由とは誰しもが持つ権利。
人は自由な存在として生まれてきたのに、
至るところで社会の鎖につながれている。」
という観点を持ち
社会に生まれる不平等を
正当化しているものは何かを
追究した結論として
「自然に帰れ!」と訴えます。

では、ルソーの言っている
・自然とは何なのでしょうか。
・なぜ、ルソーは自然に帰れ
と言ったのでしょうか。
・自然に帰るとはどういうことでしょうか。
1日目は徹底的に
ディスカッションから始めました。
これから2週間を通して深めていきますので
ぜひ一緒に参加してください。

私は、日本から、フランス市民革命を
はるかに越える大事件を
起こすことができると思っています。
未来の人類たちに愛される、
尊敬される大事件がどんな事件なのか、
皆さんと一緒に、令和哲学カフェで
確認していきましょう。

令和哲学カフェでは歴史の1ページとして
zoomで参加された皆さまと
写真を毎回一緒に撮っています。
多くの皆様のご参加をお待ちしております!

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【20210829】一日一日歴史の一ページを刻む令和哲学カフェ 令和哲学カフェNo.304

おはようございます。ノ・ジェスです。

令和哲学カフェ第3期の第7弾
ナビゲーター川口泰輝さんのもと、
期間テーマ「多様性と調和と発達 
発達障害を突破する日本文明の挑戦」
最終回が開催され、質問道場を行いました。

私から川口さんに
聖徳太子を取り入れた背景を聞いたところ
何か新しいことをしたい気持ちと
小学生の時に聖徳太子を通して
初めて日本の誇りや尊厳と出会った経験から
聖徳太子を取り入れることで
新しい何かがみえてくるのでは
という想いだったそうです。
その甲斐あって、令和哲学カフェを
豊かなものにしてくれたと感動しています。

人間は自らの発達障害を自ら決めつけます。
生まれた時から脳が不完全状態なのです。
自己否定するために生まれ
自己否定したエンジンを使って
究極の自己否定できない自分と
出会っていくのです。
真理からみた時に
目でみえる発達障害はありません。
障害突破のみがあります。
その「障害なんてない!」ということを
みせるのがパラリンピックでもあるのですが
今回ぴったりのタイミングで
「発達障害」のテーマを設定した
川口さんのセンスは
本当に素晴らしかったです。

来週からの、ナビゲーターは
とても誠実な山口温子さんです。
大変面白い
令和哲学カフェになると思いますので
お楽しみに。

令和哲学カフェでは歴史の1ページとして
zoomで参加の皆さまと
写真を毎回一緒に撮っています。
多くの皆さまの参加をお待ちしております!

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【20210828】メメントモリ、死ぬことと見つけたりと日本文明の挑戦 令和哲学カフェNo.303

おはようございます。ノ・ジェスです。

令和哲学カフェ第3期の第7弾
ナビゲーター川口泰輝さんのもと、
期間テーマ「多様性と調和と発達 
発達障害を突破する日本文明の挑戦」
として開催しています。

一昨日は川口さんの
変化ストーリーを語っていただきました。
お父様の葬儀でも涙が出なかったほど
感情がまひしていた川口さんが、
令和哲学と出会い、
当時は受け取れなかったお父様の愛情や、
口下手ながらも愚直に頑張ってきた
昭和の第二世代としてのお父様の涙も
受け取れるようになり、葬儀を思い出して
涙を流せるようになったといいます。

発達障害についても、源泉動きからみれば
人間の本当の定型発達は、
生まれてショックを認識し、
悟って本当の自分として現実を楽しむ、
という事になると思います。
けれども、今まで人類で
これを遂げた人はいませんでした。
ですから、発達障害である自分たちが
定型発達に成長していくことが
発達障害の究極の突破方式
と言えるのではないかということでした。

そこから全員で
「メメントモリ」や「死ぬことと見つけたり」と
日本文明の挑戦のつながりについて
考えました。

メメントモリは、生の絶頂にいても
死を忘れるなという意味ですが、
令和哲学から解析すると、
生の裏には死が、有の裏には無があります。
今この瞬間生まれ変わり、
物質もあったりなかったりしています。

それを生み出す源泉動きとつながって
生きることが重要ですが、そのためには
目の前のみえる世界1つだけに
執着するのではなく、
生死生死、有無有無の概念を通して
源泉に到達するのです。
それがビン鳥の外※に行くことであり、
源泉動き「1」で生きることです。

生だけが自分と思えば
「死も自分」を受け入れられません。
生死を統制できないと
自分の人生とはいえません。
生死もない源泉動きになって、
生死がどういう仕組みでおきるのか
みえるようになることです。
生死、と対称性をつけることで
宇宙のロゴスがみえるようになります。

生死を同時に存在させている
生命の根源である源泉動きとつながり、
生も使って、生死生死も使って、
生死もない世界も全部使う生き方が
日本文明の挑戦と言えます。

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