【20200607】令和哲学カフェ~連日開催中!1期テーマ「美学」No.10

おはようございます。ノ・ジェスです。

一昨日は、第10回令和哲学カフェが開催されました。

毎回多くの方に
ご参加いただきありがとうございます。

哲学の進化発展が
科学に比べて進まなかった理由は、
人間の体も認識対象として
客観的に外側から考える
必要があるのにもかかわらず、
人間の体自体が認識主体であると
規定していたために、知識の蓄積が
起こらなかったことが挙げられます。

一方、科学は進化発展をとげ、
認識対象をどんどん開発していきました。

今やAIが登場し、
人間の体さえも開発対象として
体内にチップを入れるなど、
機械化されていく状態です。

この状態を反転させるために、
心が脳を超えること、
心の大爆発が起きることが必要です。

令和哲学は、
源泉的な動き・心の動きを
明確にすることによって
「心の秘密」を理解し、
”日常でも使える”進化した哲学です。

これからAIが台頭する時代に、
世界75億人が共有できる哲学がないと、
人類は大変
苦しい道を歩むことになるでしょう。

日本は、現実にあるモノを
アップグレードさせていく
技術は大変得意です。

反対に「心」のような抽象的なもの、
何も土台がないところから整理整頓し、
体系化していくことは苦手かもしれませんが
心を理解し、
現実に使えるものだとわかった時に、
本来の日本のポテンシャルが
思う存分発揮され、
新しい職業を生み、
産業を興していく日本になるでしょう。

令和哲学はそこに貢献できると思います。

次回の令和哲学カフェは、
6/8(月) 21時から開催します。

どうぞお楽しみに!

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【20200607】男女の性差を超えた”私”を愛するとは?

おはようございます。ノ・ジェスです。

本日も、心が痛まない社会を創る
リーダーを応援するメッセージを発信しています。

■■コラム 男女の性差を超えた”私”を愛するとは?

女性である自分が嫌いだと
おっしゃる方にお会いしました。

彼女は昔から、
自分が女性であることが嫌で
自分に近寄ってくる男性を毛嫌いしたり、
身体が弱かったということもあり、
もっと強くなりたいと思っていたそうです。

女性特有の体調の変化が理由で
仕事において大きな失敗をしたり、
会社を休むこともたびたびあったそうで
罪悪感とともに
迷惑ばかりかけてしまう自分の
生きている価値すらわからずに
女性である自分を嫌っていたそうです。

しかし世間からは当然
「女性だから」「女性らしく」
といった要求がきます。

自己否定する自分と
世間からの要求に対し、
どうにもバランスがとれず、
抑圧した毎日を
過ごしているとのことでした。

彼女は「女性として」
または「男性として」といった
性差を超えた「私」を大事にしたいし、
またそんな自分を愛せるように
なりたいと思っているそうです。

では、
このことをnTech(認識技術)では、
どのように解析できるでしょうか?

まず大前提として、
nTech(認識技術)では
「存在は実在しない」と言っています。

存在を存在させる
ひとつの動きだけが実在する。

つまり、この体の自分である
「存在」をまず否定しなければ、
源泉的なひとつの動きを
理解することはできないということです。

その意味では、
自己否定はとても重要で、かつ、
必要なことなのですが、
“女性”の自分を否定するのではなく、
“存在”の自分を否定することが大切です。

この体の自分(存在)をゼロ化し、
源泉的なひとつの動きそのものの
「私」に出会うことで、
宇宙を再創造し、
目の前にひろがる世界や
この体の自分、ひいては
女性である自分が
愛おしくてたまらない、
そんな状態に変化していきます。

ひとり一人の人間が、
ひとつの動きになることで
共通の土台が生まれます。

今までとは次元の違う愛ができる
世の中を早く実現したいものです。

本日も読んでくださり
ありがとうございました。

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【20200605】令和哲学カフェ~連日開催中!1期テーマ「美学」No.9

おはようございます。ノ・ジェスです。

昨日は、第9回令和哲学カフェが開催されました。

毎回多くの方に
ご参加いただきありがとうございます。

令和哲学は
「哲学が哲学でとどまるものではなく
この時代の危機、文明の危機を
チャンスに大反転させるものである」
という指針のもと、英雄産業の創建を
トレードマークに掲げています。

人類の発見の歴史の中で、
アメリカ大陸、電気、半導体など、
多様な発見があると思いますが、
私はそれらを全部あわせたものよりも
すさまじい発見は、カントの
「認識能力」の発見だと
言い切ることができます。

ただ、カント哲学は難解と言われ、
その価値が理解されずに
正しく評価されていないのです。

令和哲学では、カントの言う認識道具、
認識形式を「観点」で表現します。

カントを理解するためには、
まず観点とは何なのかを
理解することがとても大事です。

ものの観方をどこからみるのか。

まずは
「マーカーがあるから
私がマーカーを認識する」
という認識から
「私が認識するから
マーカーを存在させている」
という認識の転換が必要です。

この宇宙自然すべてを認識対象として
統制するのが本来の認識主体なのですが、
今まで人類は
この「観点」に関心がいかずに
科学の発展と哲学の発展が
分離されてしまっているため、
コロナの恐怖も統制ができない状態で
とどまってしまっているのです。

認識対象を開発するのが科学
認識主体を啓発するのが哲学

令和哲学で案内するのは
科学と哲学を融合して
進化させる世界ですが、
まずキーワードになるのは「観点」です。

令和哲学カフェの中では、
例え話やワークショップを取り入れながら
カント哲学と共に
観点の理解を案内していきたいと思います。

観点の外から
観点を自由自在に使うのが英雄集団です。

私は日本が英雄集団として、
愛、教育、組織システムで世界をまとめて
いくことができると確信しています。

日本への愛と尊敬をこめて
令和哲学者として、
日々メッセージを発信していきますので、
これからもよろしくお願いします。

最後まで読んでいただき、
ありがとうございました。

次回の令和哲学カフェは、
本日6/5(金) 21時から開催します。

期間テーマを5日ごとに変えていますが、
「哲学」のテーマで取り上げたカント哲学が
次のテーマに予定していた「観点」と
非常に関係が深いため、
今回は10回分の番組を
1つのサイクルとしてご覧ください。

どうぞお楽しみに!

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【20200604】令和哲学カフェ~連日開催中!1期テーマ「美学」No.8

おはようございます。ノ・ジェスです。

昨日は、第8回令和哲学カフェが開催されました。

今回も多くの方に
ご参加いただきありがとうございました。

第8回目は前回に引き続き、
18世紀を代表する哲学者、
カントの「純粋理性批判」について
深めていきました。

今回はまず初めに、
哲学とは何かについての講義をしました。

哲学とは何かを理解する時に
使う話があるのですが、
ガラスのビンの中に卵を入れて、
成長した鳥をガラスのビンを壊さず、
鳥も殺さずにどうしたら
外に出すことができるのでしょうか。

このことは、この世界を
どう見るのかという観点の話、
認識方式の話になりますが、
実は人類は認識能力、観点の問題を
提起することができませんでした。

しかしカントは
この世界の見方をコペルニクス的に
大転回を起こした人なのです。

ではどのような大転回かというと、
この世界は、観点(写真のレンズ、
カントは認識能力と言っています)の
結果物だと規定しているのです。

カントを理解するには、
この観点(レンズ)を
理解することが必要となります。

観点と観点の問題を認識することで、
哲学のある心の時代、令和の時代を
日本から創っていきたいと思っています。

次回の令和哲学カフェは、
6/4(木) 21時から開催します。

WHTスタイルをとりいれながら、
観点のこととつなげて
カントの純粋理性批判を語っていきます。

どうぞお楽しみに!

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【20200602】令和哲学カフェ~連日開催中!1期テーマ「美学」No.7

おはようございます。ノ・ジェスです。

昨日は、第7回令和哲学カフェが開催されました。

今回も多くの方に
ご参加いただきありがとうございました。

令和哲学カフェは、
4つの理想を掲げてスタートしています。

①2024年までに、AIが真似できない
 職業31個を誕生させることを目指す
②心の時代の北極星
③日本の究極的な美しさ発見
④世界基軸教育とSNS3.0によって
 新産業プラットフォーム都市モデル創建に貢献

第7回目は18世紀を代表する哲学者
カントの「純粋理性批判」について
深めていきました。

まず初めに、
純粋理性批判とは何か、
純粋理性批判は
この時代になぜ必要なのかを
ディスカッションしました。

カント以前の哲学といえば、
経験主義、合理主義が主流でした。

その経験主義、合理主義の問題をクリアする
近代哲学の礎を築いたのがカントです。

中世400年間続いた、
神によって支配される時代を
終わらせることによって、
哲学を形而上学から
ポストモダニズムの時代へ
移動させることに貢献しました。

そして、令和哲学の観点からみると、
カントが真理の基準を客観世界から
主観世界へ移動させたといえます。

現象世界がすべてではない、
それは自分の観点の
結果物にしかすぎないと主張しています。

それがカントの超越哲学です。

ただ、絶対世界と相対世界の
関係性を明確に整理できなかったため、
哲学にとどまり、
数学や物理、科学技術までは
革命をもたらせなかったともいえます。

私は令和哲学によって
絶対世界と相対世界の関係性を整理し、
カント哲学の現代化、
人間の尊厳性を無限に花開かせる
英雄産業の時代を、
日本から創っていきたいと思っています。

次回の令和哲学カフェは、
6/3(水)21時から開催します。

WHTスタイルをとりいれながら、
カントの純粋理性批判を語っていきます。

どうぞお楽しみに!

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【20200601】誰もが病気にならずいつも健康でいられる社会を実現するには?

おはようございます。ノ・ジェスです。

本日も、心が痛まない社会を創る
リーダーを応援するメッセージを発信しています。

■■コラム 誰もが病気にならずいつも健康でいられる社会を実現するには?

日本は平均寿命も高く、世界一の
高齢化社会であると言われています。

科学技術の進歩によって、今後さらに
平均寿命はのびていくと思いますが、
そのような時代だからこそ
「病気と健康」について
深く考えてみるのもよいかもしれません。

では、
誰もが病気にならず、いつも健康でいられる
社会の実現は可能なのでしょうか?

「健康」と聞くと、身体的な健康を
イメージしやすいと思いますが、
WHO(世界保健機関)では
次のように定義されています。

”健康とは、病気でないとか、
弱っていないということではなく、
肉体的にも、精神的にも、
そして社会的にも、すべてが
満たされた状態にあることをいいます”

※WHO憲章前文(日本WHO協会訳)より抜粋

WHOが定義する健康には、
霊的(スピリチュアル的)な
健康も含まれますが、
これはnTech(認識技術)でいう
「自分と自分の宇宙が実在する」
つまり、錯覚のスクリーンの中での
健康のことを言っています。

誰もが病気にならず、
いつも健康でいられる社会を実現するには、
WHOの健康の定義を
さらにおぎなう必要があります。

それは「観点の健康」を取り入れることです。

「自分と自分の宇宙が実在しない」
錯覚のスクリーンの外を取り入れた
新しい健康の全体像が必要なのです。

本当の健康とは
「病気がない状態」のことを指しますが、
今の世の中をみてみると
病気がなくなるなど、
とても想像できないと思います。

時間もない、空間もない、
存在もない、エネルギーもない、
永久エンジンである永遠不変の
1パターンの動きそのものとなる
その基準点が「観点の健康」です。

永遠に変わらない
1パターンの動きだけがある世界では、
病気という概念自体がありません。

nTech(認識技術)を活用し、
オールゼロ化感覚を獲得することで、
錯覚スクリーンの外に出て、さらには
スクリーンの中と外を自由に行き来する。

その完全循環の状態こそが
もっとも健康な状態であると言えるのです。

植物がどれだけ深くひろくしっかりと
根っこをのばせるのかによって
どんな花を咲かせるのかが変わるように
人間も植物でいう根っこの部分にあたる
「観点の健康」があるからこそ、
個人、組織、社会、そして文明までもが
自然に健康になっていくのです。

「観点の健康」によって、
病気がないのが当たり前の
世の中に変わっていきます。

本日も読んでくださり
ありがとうございました。

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【20200531】おたがいを尊重し可能性を伸ばしあえる関係性とは?

おはようございます。ノ・ジェスです。

本日も、心が痛まない社会を創る
リーダーを応援するメッセージを発信しています。

■■コラム おたがいを尊重し可能性を伸ばしあえる関係性とは?

だれもが自分の可能性を伸ばし、
おたがいを認め、尊重しあいながら
生きられる社会になればいいと
思っている人は大勢いると思います。

本来、人それぞれの考え方に
「正しい・間違い」はないはずですから
相手の意見を尊重する姿勢は
とても大事になります。

ただそれを意識するあまりに
相手に対して遠慮してしまったり、
「あなたの意見は尊重します」
「でも私の意見とは違います」
といった具合に分離意識をつくり、
結果的に相手に対するあきらめや
無関心に発展してしまうこともあります。

結局「自分は自分」「人は人」という
観点の違いがあるままでは、
おたがいに協調することはできず、
関係性も進化発展することはありません。

では、
どうしたらおたがいに尊重し、
可能性を伸ばしあえる
関係性を築くことができるのでしょうか?

そのためには、
一度自分の観点からはなれて、
相手の意見を聴ける
自分にならなければなりません。

そうでなければ、本当の意味で
相手を尊重することは難しくなります。

自分の観点をもったままでは、
そこを基準に「正しい・間違っている」
という判断が
どうしても働いてしまうからです。

観点をオールゼロ化した状態で
本当にだれの観点も○×がないのだと
理解できたところから、
格差のない関係性をつくることで
相手の立場そのものになって、
相手の観点を感じたり、
真に客観的な観点をもって
必要な助言をしたりもできます。

つまりは観点に固定されるのではなく、
観点を道具として
使うことが可能になるのです。

さまざまな観点がゼロ化して
解けあった状態から関係性をつくることで
どんな人とも尊重しあい、
おたがいの無限の可能性を
伸ばしあえる関係性になります。

本日も読んでくださり
ありがとうございました。

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