【20221028】SAMURAIの「仁」とは何か 令和哲学カフェNo.577

おはようございます、ノ・ジェスです。

令和哲学カフェ第5期
「Dignity Routine ~尊厳習慣~」
現在は「SAMURAIを哲学する」
がテーマです。
5人の21世紀SAMURAIたちが
各曜日を担当しながら
宮本武蔵、新渡戸稲造、坂本龍馬、
吉田松陰、山本常朝(葉隠)を深めています。

火曜日は塩見典子さんの担当で
新渡戸稲造の『武士道』を哲学しています。

SAMURAI哲学の『仁』とは、
「義」から出発します。
義とは、決断と覚悟です。

nTechと繋がり、スクリーンの外に出たら、
真の強さひとつだけが実在する世界で、
今までの現実とスクリーンの外では、
格差がありすぎることが分かります。

この格差をALL ZERO化するには
今までの世界と決別し、
真の強さで生きる決断と覚悟をして
一義、大義、正義が立つ出発をしたら、
次は、勇気が必要です。

天動説の時代に、
地動説を主義主張することは、
体が死んでもいいという勇気が必要でした。

寒い冬を通過する梅の花のような勇気で、
死ぬべき時を想うことです。
勇気が準備出来た時に、
一緒にこの道をいこうと声を掛けることです。

声を掛けた相手は、
生老病死に束縛された脳の奴隷なので、
「慈悲」のある出会いが重要です。
 
慈悲は、同情とは違います。
同情は、
上下をつくって上から相手をみますが、
慈悲は、
一緒に平等になろうと出会うことです。

相手は、脳の奴隷なので、
何を言っても「NO」と否定してきます。
しかし、相手も
真の強さひとつだけで生きる人であり、
本当はわかっているけれど
弱いふり、知らないふりをして
テストしているのかもしれないと思って、
そのような慈悲と愛で繋がることです。

脳の奴隷になっている集団を
心ひとつにさせる
一義、大義、正義が立つことで、
勇気、仁、礼、誠、誉、忠義が立ちます。

声を掛ける時に、相手の人生の責任を
とるくらいの覚悟のもとで
勇気をもって声を掛けても
相手は無視することもあります。

その対応にレベルが低いと思うのではなく、
相手に対して、同情ではなく、
慈悲が必要なのです。

現在、令和哲学カフェは
令和哲学チャンネルにて
アーカイブが1週間視聴可能になります。
ぜひお友達にもご紹介ください。

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