【20210903】不平等はどうやって生まれるか 令和哲学カフェNo.307

おはようございます。ノ・ジェスです。

令和哲学カフェ第3期の第8弾
(8/30-9/10)は
「尊厳開花は日本から 
心・体・時代の涙を癒す医療のカギ」
をテーマに、山口温子さんを
ナビゲーターとして開催しています。

昨日は「英雄産業」のテーマで、
山口さんによるプレゼンテーションがあり、
今までの、暴力や財力に
支配されている産業の話や、
COVID-19によって
物質文明の終焉が加速され、
心の不安が止まらない人間の現在地は
令和哲学のビンの中の鳥※のようだ
という話がありました。

ビンの中で飛べなくなっている鳥は、
全人類、今の時代の現在地でもあります。

カントもヘーゲルも
一番尊敬する哲学者は
ルソーの名を挙げています。
フランス市民革命は
王の暴力の時代を財力の時代に移動させる
歴史的大事件でした。
そこに大きな影響を与えたのがルソーです。
彼の著書に「不平等」が出てきますが、
羞恥心や軽蔑など色々な感情ともつながる
不平等はどうやって生まれたのでしょうか。

ルソーの考え方では、自然が絶対平等であり、
自然とは知的所有の概念が生まれる前の、
人工的な不平等の秩序がなかった
大昔の時代を指してもいると思います。

令和哲学では、体があると思っている状態で
みたり聴いたりすれば脳に負けている状態、
認識疾患です。
認識疾患によって
不平等が始まったと言えます。

認識疾患から生まれた言語は、
使える道具ではなく、
言語が生み出す存在自体も
不平等になってしまいます。
そんな中でエゴである自己愛が強くなり、
個人の知的所有が強化されて
共有、共感が難しくなっているのです。

格差のない絶対平等の源泉動きから、
目がないままでみること、
耳がないままきくことです。
口が話すのではなく、源泉動きからの
デジタルの動きが話すのです。
脳で生きるのか、心で生きるのか、
デジタルマインドで生きることが
心で生きることです。

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