【20230204】とんでもない勝利 日露戦争からみる武士道 令和哲学カフェ No.637

おはようございます、ノ・ジェスです。

令和哲学カフェ6期は
「大和魂から希望の花が咲く令和魂へ
生きることと見つけたり!
明治維新~令和154年間を解き明かす!」
という新テーマで
21世紀侍の5人と共に
日本の近代歴史を紐解きながら
お届けしています。

新シリーズでは、5人の侍が15年単位で
明治維新からの154年間を紐解きます。
3月17日までは
明治維新から1945年8月15日までの
集団武士道の男性性の77年間、
その後5月5日まで
1945年以降の女性性武士道の
77年を取り上げていきます。

水曜日は荒牧明楽さんの担当で
男性性武士道の1898年から1912年
(明治31年~明治45年/大正元年)
をみていきます。

当時の日本は富国強兵で
経済発展により国を富ませ
軍事力強化、勢力拡大をし
欧米列強と対等になるべく進んでいました。
当時の世界においても帝国主義で
植民地争奪の時代、
文明国になるか植民地になるかの
争いを繰り返していました。

日露戦争で日本がロシアに勝ってしまうことは、
とんでもないことでした。
日本のエネルギーは東洋哲学でみたときに火、
ロシアは水でもあることから、
日本がロシアに勝利することは
とても難しいのです。
日本のロシアへの勝利を通して、
欧米列強に白人優越主義は終わったと
宣言したようなものでした。

たった30年足らずで近代化した日本が
白人優越主義が如何に虚構なのかを
証明した日露戦争でしたが、
客観的にみてどう考えても勝てないだろうと
思われていた日露戦争に
勝利できたのはなぜでしょうか。

私は、日清戦争の時にされた
三国干渉に対して、負けた原因を知ること、
2度と同じ負け方をしないことという
武士道精神で返したのだと思っています。
アメリカやイギリスを味方にし、
ロシアを孤立化することに成功させました。

そこにはロシアへ諜報活動をし、
後に台湾総督もつとめた明石元二郎さんが、
共産主義とロシアの王政との対決を誘導させ
ロシア勢力自体を弱体化させて、
全力で戦うことが出来ない状態にさせました。
血一つも流していないロシアが
遼東半島を取り、日本の権利を奪った
三国干渉に対しての仕返しでもあります。
一番強い相手と戦って
勝利するというのが武士道です。

現在、令和哲学カフェは
令和哲学チャンネルにて
アーカイブが1週間視聴可能になります。
ぜひお友達にもご紹介ください。

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