【20200807】令和哲学カフェ~連日開催中!1期テーマ「美学」No.51

おはようございます。ノ・ジェスです。

昨日は、第51回令和哲学カフェが開催されました。

毎回多くの方に
ご参加いただきありがとうございます。

今回で「ニーチェと哲学・観点」の
7日目となりました。

人間が「わかっている」と言う時に、
どこまでわかっていたら
わかっていると言えるのか
というテーマでWHT※をしましたが、
論争の場で、今まさに
カントとニーチェの哲学の争いが
起きていると感じさせられました。

カント哲学は、
現実を大事にしながら
概念を組み立てて、
共有共感を得て秩序をつくる
「秩序の哲学」、
ニーチェ哲学はそれとは反対に、
全てを解体させる
「無秩序の哲学」と整理ができます。

概念哲学はどうしても
古い伝統に依存するので、
奴隷哲学だと
決めつけてしまうのがニーチェです。

すべてをゼロ化し、
無意味の意味と言って、
一番大事に思っている
神のイメージさえも消してしまい、
「神は死んだ」と宣言しています。

これは宗教的な神のレベルではなくて、
すべてに意味付けと
価値づけをしていること自体を
潰してしまうのです。

秩序をつくるために必要な
「記憶」の一つ一つも、
記憶することを可能にさせた、
残酷な拷問による
暗記という背景も全部破壊させる、
ダイナマイトとも言われているのが
ニーチェの英雄哲学です。

令和哲学は無知の完全性を言っています。

今までの脳の観点の中では、
本当に「わかっていること」は、
ひとつもないのです。

すべて条件によって変わる
条件づけの世界であり、
観点の結果物でしかありません。

真実と出会い、
わかっている世界から自由になった上で、
カント哲学もニーチェ哲学の論理も融合し、
新しい生き方を案内するのが
令和哲学カフェが目指す哲学です。

※言葉の意味を解説する用語集ができました!

https://reiwaphilosophy.com/community/knowledge-base/words/

次回の令和哲学カフェは、
8/7(金)21時から開催します。

どうぞお楽しみに!

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【20200806】令和哲学カフェ~連日開催中!1期テーマ「美学」No.50

おはようございます。ノ・ジェスです。

昨日は、第50回令和哲学カフェが開催されました。

毎回多くの方に
ご参加いただきありがとうございます。

今回で「ニーチェと哲学・観点」の
6日目となりました。

意味とはどこからくるのでしょうか?

意味を生み出すもの、
構成するものとは何でしょうか?

ニーチェは
「人間は約束の動物」と言っています。

意味を構成する
要素として約束が必要なのです。

そして、自分の人生を
意味があるものとするには、
自分はどんな約束ができる人と
出会っているのかが重要です。

破れない関係、破れない約束は、
世の中のお金の論理や生命の論理と
比べられない価値を持っていますが、
親と子供の関係でもつくることが
できない関係です。

100兆円あげるからと言われたら
約束を破ってしまう人と
約束できるでしょうか。

お金の論理を超えた価値を
お互いに共有していても
次に死ぬ恐怖を持っていれば、
約束を破ってしまう。

命以上の価値を
共有できる人とでないと約束できません。

破れない関係をつくるためには、
お金の論理を超えた価値を
共有しているのか、そして
自分が命以上の価値を持つ
人間にならなければ無理なのです。

そして、命以上の価値を
共有できるためには教育が必要ですが、
世の中の学問では限界があります。

人間が何なのか、生きることは何なのか、
本当の人間の幸せとは何なのかが、
すべてが明確に繋がって
迷いのない答えを出すことができません。

完全学問が入った状態でなければ、
自分の命以上の価値が入りにくいのです。

その教育が入った関係性を
令和哲学では尊厳関係と言っています。

その関係性をつくれる人が
破れない約束を果たすことができるのです。

私たちは英雄産業の発展によって、
破れない約束ができる
尊厳関係場を広げていきたいと思っています。

次回の令和哲学カフェは、
8/6(木)21時から開催します。

どうぞお楽しみに!

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【20200805】令和哲学カフェ~連日開催中!1期テーマ「美学」No.49

おはようございます。ノ・ジェスです。

昨日は、第49回令和哲学カフェが開催されました。

毎回多くの方に
ご参加いただき、ありがとうございます。

今回は「ニーチェと哲学・観点」
5日目、前半が終了したところで、
哲学で一番難題と言われている
「偶然と必然」さらにイメージを拡張して
「自由意志と決定論」とつなげて
講義形式と質問道場で整理していきました。

宇宙空間の中はすべて必然、
因果決定論のように感じますが、
そうなった時に人間一人ひとりの
尊厳はどうなるのでしょうか。

また、偶然、自由意志となった場合は、
物理的法則や因果法則のことは
どうなってしまうのでしょうか。

2つのことをまとめることは
非常に難題といわれており、
1回聞いただけでは
理解が難しい話かもしれません。

一般的な偶然とは、
何の原因もないままに
現象が起きることを言いますが、
何の原因もないままで
現象が起きることはあり得ません。

完璧な無から有が
生まれるかというとそれも違います。

何かがあるから生まれるのです。

偶然は、必ず必然性を道具にして、
必然が偶然を通して現象化されるのです。

このことを理解する為には、
絶対世界と相対世界の
関係性を理解する必要があります。

今まで誰も語ったことのない世界ですが、
令和哲学では、今ここの自分とつながって
絶対世界と相対世界の
関係性を説明することを可能にしました。

日本は、歴史的にみても
中国大陸から文明が伝わってきた時には
既に現実に使える形になっていたため、
アップグレードする力は強いのですが、
オール0化して無から作る力は弱いのです。

0から新しく構築する時には哲学が必要です。

一番弱いことを受け入れた時に
一番強くなれるのが日本の力だと思います。

物質文明を作った西洋の哲学に
「心」を入れる令和哲学を道具に、
令和player JAPANとして
心文明をリードする日本になってほしいです。

昨日の令和哲学カフェは大変深い内容で、
もう一度みて整理したいという
ご希望を多くいただきましたので、
YouTubeに公開が決まりました。

是非ご活用ください。

https://reiwaphilosophy.com/2020/3481/

次回の令和哲学カフェは、
今夜8/5(水)21時から開催します。

どうぞお楽しみに!

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【20200804】令和哲学カフェ~連日開催中!1期テーマ「美学」No.48

おはようございます。ノ・ジェスです。

昨日は、第48回令和哲学カフェが開催されました。

毎回多くの方に
ご参加いただき、ありがとうございます。

「ニーチェと哲学・観点」の4日目。

哲学・観点は
2つのテーマをセットにしているので
10日間かけて内容を深めていきます。

今回は「偶然と必然」について
WHT※を使って整理をしてみました。

COVID19が引き起こしている
パンデミックは偶然か必然か、
宇宙誕生は偶然か必然か。

そして皆さまが令和哲学と
出会っていることは、偶然か必然か。

偶然と必然で意見が分かれた時に、
自分が言った観点から自由になって
共通の結論を
見出すことはできるのでしょうか。

「偶然=必然」に融合できる
論理はあるのでしょうか。

偶然と必然に分けてみるのは、
脳の道具である言語です。

つまり、人間の言語が
統合できないように邪魔しているのです。

「偶然とは○○」
「必然とは○○」と暗記した言語によって
既に作られた考えの道には
考えを走らせることはできますが、
「偶然=必然」という考えの道はないので
走らせることはできません。

例えば「人間は必ず死ぬことは必然、
いつ死ぬかは偶然」という論理は、
身体を認識主体とする脳からみた
一般常識では成立するかもしれませんが、
それは、生も死もない
観点からみたら成り立たなくなります。

本当は偶然と必然は
100円玉の表と裏の関係のように、
お互いがないと成立しないものですが、
偶然と必然が同時に起きている
仕組みが説明できる言語が、
私たちのイメージの中に
ないことが限界なのです。

その大前提の限界をみないままに
考えの中にいる状態では、
考える道具(言語)自体が
分離をさせるので、
意見をまとめることができません。

心が何なのかわかって、
なぜ心がこの現実を生み出すのかが
わかった時に、解析の力で
状況を統制できるようになります。

ニーチェが言っている
「権力への意志」というのは、
政治権力のような権力というわけではなく、
いまここの全ての状況を統制する力、
尊厳権力として働くことが重要なのです。

次回は、偶然と必然のことと、
哲学の難題である
自由意志と決定論について整理していきます。

■※言葉の意味を解説する用語集ができました!

https://reiwaphilosophy.com/community/knowledge-base/words/

次回の令和哲学カフェは、
今夜8/4(火)21時から開催します。

どうぞお楽しみに!

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【20200803】病んでいる意識環境からは健康な状態は生まれない

おはようございます。ノ・ジェスです。

本日も、心が痛まない社会を創る
リーダーを応援するメッセージを発信しています。

■■コラム 病んでいる意識環境からは健康な状態は生まれない

今まで現役で
バリバリ働いていた人が
病気をきっかけにして
弱気になってしまう。

このような現象は、
高齢化がすすむ日本社会では、
よくあることだと思います。

身体が自由に動かなくなって、
食事や行動が制限されたり、
たとえば、子どもたちに
迷惑をかけたくないなど、
どんどん気持ちが弱気になって、
先の人生を悲観的にとらえて
しまう人もいるかもしれません。

死ぬことを想像しながら
生きるのではなく、
今ここを楽しみ、充実した
残りの人生をおくりたいものです。

では、
そのような人生をおくるためには、
どうすればよいのでしょうか?

まずひとつ言えるのは、
病んでいる意識環境からは、
健康な状態は
生まれないということです。

病気をきっかけにして、
自由に動けなくなったことが
発端であれば、それは
「この体が自分だ」と
思っているということになります。

その意識の中にいる限りは、
かならず死は近づいてきますし、
自分の存在感も感じにくくなります。

海が汚れていたら、
お魚が病気になるのは当然です。

まずは病んでいる意識環境から
健康な意識環境へと
変化させることが大事です。

海を綺麗にすることです。

そして、
その変化を創るためには、
ものごとの見方を変えること。

それが一番の突破口になります。

つまり、5感覚と脳を
基準点にして、ものごとを
観察するのではなく、その感覚に
+αしてみることが大切です。

この現実は感覚の結果物です。

新しい感覚をつけることは、
心を健康にさせるうえで
とても重要です。

nTech(認識技術)によって、
新しい感覚となる
オールゼロ化感覚を身につけ、
それを活用することによって、
この現実の
見えること聞こえることが
いかに美しい世界なのか、
よくわかるようになります。

そこには
今まで悲観の種になっていた
生老病死の問題はなく、
個人や自分の考えを卒業した
バージョンアップした自分とともに
楽しく充実した人生が待っているのです。

本日も読んでくださり
ありがとうございました。

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【20200802】令和哲学カフェ~連日開催中!1期テーマ「美学」No.47

おはようございます。ノ・ジェスです。

一昨日は、第47回令和哲学カフェが開催されました。

毎回多くの方に
ご参加いただきありがとうございます。

今回で「ニーチェと哲学・観点」の
3日目となりました。

「歴史を動かす原動力とは?」
というテーマでWHTをしました。

ニーチェは歴史、事件を動かす原動力を
「Will to power」(権力に向かう意志)
と表しました。

状況の解析には欲望、意志が動く、
とニーチェは言いました。

そこには源泉的な力が働いています。

事件は必然でなく
偶然であるとも言いました。

すべての事件も、
例えば両手が出会った瞬間
音が出るように生まれます。

次々と事件が生まれるなかで
突然アノマリーが発生することがあります。

定説が逆説になってしまう、
すなわち、普通の解析から
正反対の解析をする状況が
起きてしまうこともあるのです。

どちらにしても、歴史を動かす原動力、
事件を起こす原動力は
状況を統制したい意志が
働いているとニーチェはみていたのです。

今、コロナの危機があり、
身体の破壊だけでなく、
経済の破壊、心の破壊も進み、
人間の尊厳性は小さくされ続けています。

しかし世界はここからもう一度
立ち上がる意志を持っているはずです。

そのための教育として、
現在の文化文明を牽引してきた
数学、物理学も超えた学問、
令和哲学が完成しています。

令和哲学をマスターした人たちの勇気は
新しく日本を立て直し、
その日本が世界を立て直すでしょう。

次回の令和哲学カフェは、
8/3(月)21時から開催します。

どうぞお楽しみに!

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【20200731】令和哲学カフェ~連日開催中!1期テーマ「美学」No.46

おはようございます。ノ・ジェスです。

昨日は、第46回令和哲学カフェが開催されました。

毎回多くの方に
ご参加いただきありがとうございます。

今回で「ニーチェと哲学・観点」の
2日目となりました。

勇気とは何でしょうか。

誰もが行動できないことが行動できる、
それを勇気と言いますが、
勇気を得るためには
何が必要なのでしょうか。

勇気は目でみた生き方からは生まれません。

一番遠いところ、
源泉的動きだけがあるところから
みた時にすべてを知ることができます。

目先でみえるところだけみたら、
宇宙自然・歴史文明の成り立っている
意思や意図がわからず、
現実世界はすべて悲劇でみえますが、
源泉的動きからみたら、
全部をいかすことができるのです。

この体が自分と思っている人は、
勇気があるフリはできるけれど、
本物の勇気は持てません。

この現実がすべて実在しない
「錯覚」だと切ることができ、
源泉的動き、すなわちひとつそのものが
腑に落ちた時に、怖いものは何一つない
勇気そのものの自分になれるのです。

本来の日本は死を恐れず行動できる国です。

明治維新の成功、
敗戦後もモノづくりでナンバーワンとなり、
勝利し続けた伝統があります。

本来の日本に戻る、
勇気と自信を取り戻すためには、
新しい哲学、本物の哲学が必要です。

日本は本物の哲学と出会った時に、
本来の心を取り戻し、
全世界を底上げしていく、
真の勇気ある行動に目覚めると思います。

次回の令和哲学カフェは、
7/31(金)21時から開催します。

どうぞお楽しみに!

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