【20200730】令和哲学カフェ~連日開催中!1期テーマ「美学」No.45

おはようございます。ノ・ジェスです。

昨日は、第45回令和哲学カフェが開催されました。

毎回多くの方に
ご参加いただきありがとうございます。

新しいテーマ「ニーチェと
哲学・観点」がはじまりました。

深い思考を可能にさせるためには
何が必要なのでしょうか。

たとえば記憶ができないとしたら
考えることができるでしょうか。

人間が記憶できるようになるまでに
どのくらい大変だったのかというと
文化文明をつくる過程でも、
共同体の秩序をつくるためには
記憶が必要でした。

今まで人類が開発してきた様々な
「拷問」がありますが、これは、
秩序が記憶できずに
支配権力を裏切る人間に対して、
徹底的に残酷な方法で殺すことで、
二度と忘れないような
強烈なショックと
痛みを与えるためでした。

そのような恐怖と残酷さが、
歴史の中でDNAに記憶されてきたのです。

その記憶のもとにあるのが、
人間の深い思惟であり、理性なのです。

カントは当たり前のように
人間の理性を扱い、哲学的論理で
当時のキリスト教とも
上手に折り合える道徳を強調していました。

一方、ニーチェは理性の裏には
強烈な恐怖と残酷さがあり、
人間の野生や無限の可能性を
全部殺しているのが理性だと、
キリスト教の世界、
既存の秩序の世界を
文学的、芸術的表現で破壊したのです。

ここで、実は私には
今の日本がこのニーチェの
理性に重なってみえてきます。

私は戦後の日本を
「ステージ2の日本」※と定義していますが
何ヶ月も止まない焼夷弾の雨に加えて
原爆まで投下され、強烈なショックと
恐怖、残酷な歴史を、
DNA奥深くにまで
刻んでしまった日本が、耐え忍び
沈黙し続けてきた姿が思い浮かぶのです。

ニーチェは、すべての意味がつぶれたときに
虚無主義に陥るのではなく、超人として、
自分の新しいゲームを楽しむ
子供のような心で
生きるのが自由だと言いました。

令和哲学は時空間も存在もエネルギーも、
主語も述語もない、
知っていることからも自由、
源泉的動きと一つになって生きる
大自由を語っています。

ですから、ニーチェの言っている
「自由」が良く理解できるのです。

カントとニーチェは「哲学」というものを
示してくれましたが、心を完全に
明確化するところまでは至りませんでした。

その西洋哲学の限界を補って、
令和哲学は全ての学問を完成させ、
日本を「ステージ2」から
「ステージ3」※へと導いて、
心の時代を拓いていきます。

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