【20211117】AIに貢献したカント哲学とその限界 令和哲学カフェ No.353

おはようございます。ノ・ジェスです。

令和哲学カフェ第3期の第13弾
(11/8~11/17)
期間テーマ
「NO DIGNITY, NO LIFE !!」
ナビゲーター新原千春さんで
開催しています。

今回はカント哲学が
人工知能を誕生させる
背景となった哲学ということで、
カント哲学のどんなポイントが貢献したのか、
その反面、AI時代の人間の危機を
カント哲学で突破できないのは
何が足りないからなのか、
について話し合いました。

カントは認識形式を発見して
形式を発見して体系化して、
この現実は認識主体と認識形式が
出会った結果物であることを語りました。
AI時代のディープラーニングでも
AIに沢山パターンを暗記させて
どのくらい蓄積したらどうなるのか、
関係性によって因果アルゴリズムを
マスターしていける点が
人工知能の開発に貢献したと思います。

しかし、サッカーでゴールを決めるにも、
マラソンで勝利するにも
シュートや走り方の
フォームの完成が欠かせません。
カント哲学は持続的結果を
生産し続けることができ
パターンが生まれるような
誰もが共有できるフォーム、
つまり、グローバルスタンダードとなる
情報知識生産プラットフォームは
提供できませんでした。

そうするには令和哲学の
1・間・点で表すような、仕組みが必要です。
カントは定言命法でも中身を語っていません。

ビン鳥※の内から自由になるには
外から自由にさせるしかないのに、
源泉動きである「物自体」を
活用できていないのです。

それは認識形式を発見したものの
体の人間の認識に取り組んだので、
認識形式自体がどのように生まれるのか、
模様・形が生まれる
一番のはじめの問題意識までは
持てなかったからかもしれません。
ウィトゲンシュタインが
はじまりの要素命題の発見に
失敗したのと同様、
そこが弱点と言えるでしょう。

模様・形は壊れやすく不安定なので、
人間もこの体が自分だと思っている以上は
不安で、永遠に幸せ、平和になりません。

このように西洋の哲学では、
情報知識生産プラットフォームを提供し
誰もが尊厳機能を発揮でき、
大和魂を活用できる心時代を拓く
美学実践ができないと言えるのです。

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