【20230604】朝鮮歴史を動かしたクーデターにみる決断と覚悟 令和哲学カフェNo.718

おはようございます、ノ・ジェスです。

令和哲学カフェは4年目・7期に突入し
「日韓関係のアモール・ファティ!
日韓兄弟国家宣言でワンワールドになる」
を掲げ、デジタル認識技術による
日韓兄弟国家、
教育ビジョン同盟プロジェクト
をテーマに開催していきます。
6期で整理した明治維新から154年間の
歴史の流れに、
朝鮮の歴史を取り入れることで
日韓の関係性をリテラシーしていきます。

木曜日は堀江直樹さんが担当し
1960年から1990年までの朝鮮の歴史を
整理していきます。
1948年、
朝鮮が南北2つの国家に分かれた後、
大韓民国は世界最貧国から
強烈な経済成長をなしとげ、
軍事独裁体制からの民主化、
ソウル五輪開催、国際加盟までを
可能にした30年間となりますが、
多くの争いも繰り返されました。

今回は、大韓民国の初代から3代を務めた
イ・スンマン大統領から、
ユン・ポソン大統領に交代した翌年
不安定な政権下で起こった、1961年の
5.16軍事クーデターを深めました。

通常はクーデターを起こす人物は
罪人となりますが、
当時の政権に不満を持つ民衆も多い中で、
アメリカの教育と日本の教育を受けた、
軍のエリート達を団結させたのが
朴正煕(パク・チョンヒ)です。
運も良かったでしょうし、智恵を持ち
人を動かす力があったと思います。
彼は大日本帝国時代の、
満州国陸軍の士官学校で教育を受け、
満州国軍少尉まで任官していました。

パク氏が後の大統領となり、
産業化まで成功したのは、
重要なポイントがあります。
朝鮮の分断と戦争の責任を
右翼は「ソ連が問題だ」など
他者を問題としましたが、
彼は「朝鮮の民族性に問題がある」と、
自分たちの内の問題としました。
朝鮮王朝は、奴隷が人口の半分ほどもいて
奴隷根性から卑屈になりやすかったのです。

そこに対して、パク氏は
日本のエリート教育を受けながら
感じたことがあったのではないかと思います。
問題を他者のせいにすると、
環境に支配される人間しか
イメージができなくなりますが、
朝鮮の人間たちの民族性を
解除しなければならないと、
教育に重点的に力を入れたことで、
結果的に産業化に成功したと思います。

朴正煕の決断と覚悟からもわかるように
今の日本に必要なのは決断と覚悟だけです。
中国の共産主義の問題をどのように整理し
統制していくのかをみた時に
西洋の宗教のレベルでは、
共産主義を説得できません。

日本から純度100%の心で
人間の最高の機能、
尊厳機能を発揮させる教育、
人間の究極のイデアによって
正々堂々と共産主義の問題も、
次元上昇させることができます。
すべての条件が整い、心の時代を開く
とんでもないチャンスの時がきているのです。

現在、令和哲学カフェは
令和哲学チャンネルにて
アーカイブが1週間視聴可能になります。
ぜひお友達にもご紹介ください。

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