【20230610】なぜ日本と朝鮮が完全融合できなかったのか 令和哲学カフェNo.722

おはようございます、ノ・ジェスです。

令和哲学カフェは4年目・7期に突入し
「日韓関係のアモール・ファティ!
日韓兄弟国家宣言でワンワールドになる」
を掲げ、デジタル認識技術による
日韓兄弟国家、
教育ビジョン同盟プロジェクト
をテーマに開催していきます。

6期で整理した明治維新から
154年間の歴史の流れに、
朝鮮半島の歴史を取り入れることで
日韓の関係性をリテラシーしていきます。

水曜日は大川真さんが担当し
1928年から1960年までの
日韓関係を整理します。

今回は戦時体制期である1937年から
1945年を取り上げました。
日中戦争の勃発で、
日本は軍事産業に移行する必要がありました。
朝鮮人も日本人と同じ皇民であるという
シフトチェンジがありました。

朝鮮統治のスローガンも
「日鮮融和」から「内鮮一致」と
朝鮮を差別待遇せずに
内地(日本本土)と一体化させようと、
「創氏改名」や日本式の教育、
選挙の議席の付与なども行われました。
日本の終戦で
日本の統治は道半ばで終了しましたが、
朝鮮は米ソの軍政化により
南北に分断されました。

歴史の意志が願うことは、
朝鮮と日本が尊厳関係になって完全融合して
世界がワンワールドになっていく未来です。
これまでも戦争なしで1つになったのは
日本と朝鮮しかありません
とんでもないミッションがあります。

当時の日本に何が足りなくて朝鮮と
完全に一つになれなかったのでしょうか。
朝鮮総督府の人たちは
「満州国になれば本国以上に
世界の希望になる」とまで思って
朝鮮人を差別することを嫌い
一つになろうとしました。

それでも失敗した原因は
一番優先して解決しなければならない問題の
発見がなかったことです。
国や一人一人も日本に依存させるのではなく
問題を発見・認識・理解させられれば
答えは自然にやってきて、
一人一人が主人公になれたのです。

映像スクリーンとバックスクリーンを
行ったり来たりして現実がどんな仕組みで
成り立っているのかわかることで
人間の感覚の限界、言語の限界が
一気に解決します。
正しい問題が認識できることで
目的地・完全知に到達し一人一人が悟り、
心が満たされ、
やる気があふれる状態になるのです。

日本で義の文化が可能だったのは
侍がいつも刀を持ち、生死を超える何かを
感覚的に生活で掴んでいたからです。
しかしそれを言語化、認識技術化、
教育体系化できずに西洋の技術を受け入れ
近代化、戦争へと走りました。
令和維新では日本の武士道を
数学・物理学・科学・哲学と繋いで
教育体系化しました。
西洋の近代化よりもっと貢献できる
教育体系であることを世界に伝達します。

現在、令和哲学カフェは
令和哲学チャンネルにて
アーカイブが1週間視聴可能になります。
ぜひお友達にもご紹介ください。

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