【20240430】AI時代に人間が完全認識に到達するための条件 令和哲学カフェNo.915

おはようございます、ノ・ジェスです。

令和哲学カフェ8期では
人間尊厳危機、AI時代、基準点0時代
新しい基準点を必要とする時代
自分の考えで考えたい
核個人時代を生きる心人間がつくりだす
「組織化、勢力化とは」「文化・文明とは」
を今まで開催してきました。
ここからは、今まで
令和哲学カフェで登場した
哲学者たちのまとめをしていきます。

今回はイマヌエル・カントについて、
小水嘉さんから
プレゼンテーションされました。

カント以前は
神など客観的世界を重要視していましたが、
カントにより人間出発の哲学となりました。
カントは「存在が認識するのではなく、
認識が存在させる」という
認識の大転換をしました。そして、
何を知るべきか(know)『純粋理性批判』、
何をなすべきか(do)『実践理性批判』、
何を希望すべきか(hope)『判断力批判』
についてそれぞれ著書を執筆しました。

カント哲学では、人間の認識は
経験から始まって経験で終わるとしています。
この経験は五感覚で認知できているものです。
そして、人間の経験は感覚とか印象といった
無秩序の多様性からくるものではなく、
秩序立った体系・仕組みにより生まれます。
それがカントのいう認識形式で
純粋直観・悟性の12範疇・想像力・理性です。

カントは、nTechのような
シミュラークルとシミュレーション
心機能と脳機能で分けるのではなく、
認識形式を取り入れました。
この認識形式は先験で、
nTechでは「生まれた瞬間、光の誕生により
脳のマトリックスが設定される」
と表現するものです。

カントは、現実世界は
経験をする前に純粋直観・悟性の12範疇の
原理原則に従っているとすることで、
経験を優先する経験論の限界と
合理論の弱点を融合させました。

nTechからみた経験は
「今ここ~してみる」心感覚のことをいい、
心の経験を指します。
しかし、カントが言っている経験は
心の経験ではなく、体の体験です。
源泉動きやカントのいう物自体になると、
人間が知らない世界に入ります。
体験できない生まれる前の
先験的イデア・理念も、
カントのいう経験には入りません。

そのため、nTechは
目的知・完全知・無為の知・尊厳の知に
到達しましたが、
カントには経験不可能なのです。
それは、カントがいっている理性は
あくまでも人間の五感覚で認識できる
人間の宇宙・映像スクリーンのことで、
この映像スクリーンや裏のバックスクリーンの
生まれる仕組みについては
語っていないからです。

映像スクリーン・バックスクリーンに
カント哲学を当てはめてみると、
映像スクリーンが経験、
バックスクリーンが先験となります。
ここで認識の道具・認識形式を
はじめて設定でき、
人間だけの認識方式ができます。

今、間違いなく哲学の完成です。
今ここ有無の大逆転が起きる
完全認識BEST BEINGが
誰にでも当たり前になれば、
未来確信をもって完全行動ができます。
日本は共同体を完成させるために
力を尽くした国です。
ですから、完全認識によって
完全行動ができるようになっているのです。

人間卒業・人間完成、
あとは共同体の完成です。
日本の時代が始められます。

現在、令和哲学カフェは
令和哲学チャンネルにて
アーカイブが視聴可能になります。
ぜひお友達にもご紹介ください。

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