【20110925】一般的な「悟り」のイメージ①

おはようございます。
Noh Jesuです。

このメールマガジンでは、「和の産業」「悟りの産業」を実現するためのキーワードを、毎日発信しています。

「悟り」を現す言葉として、最近では当たり前のように「空」や「無」といった表現が使われるようになりましたが、
それも実は真理の実態の一部分に過ぎません。本物の真理全体を語ってはいないのです。

私たちが認識する画面であるこの現実、「有」を創り出しているのは「無」ですが、真実は「無」でもあり、「有」でもあるのです。

真理全体のイメージは、実は人間の脳を使ってイメージすることは不可能でした。
ですから、釈迦も自分自身は「空」のイメージを掴みつつも、正確に伝達することができなかったのです。
またイエス・キリストは、たくさんの弟子達や民衆に悟りの世界を伝えることにその生涯を捧げましたが、正確に伝達できず本物の平和をいまだ成し遂げることができていないのが現状です。

本物の真理は、究極のProjectを伴うものです。真理そのものの夢、理想、ビジョン。
これ以上のものは持つことができません。だから、人類共通、普遍の文明と言うことができるのです。それは、これから地球上に生まれる69億人が向かう道であり、宿命の道とも言えます。

ですから、この全体像を持たずに「空」の悟りにとどまっていることは、実は非常にもったいないことなのです。

「空」イメージを超えた、「空」でもあり「色」でもある「妙有真空(みょううしんくう)」の世界。

それは本来イメージ不可能な世界ですが、観術は「イメージ言語」を道具に、イメージ不可能な世界をイメージ化することに成功しています。

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